再読:失敗の本質 / 正義の失敗

たぶん池田信夫氏の書評がきっかけだったと思うけど、昔読んだ「失敗の本質」を引っ張り出してここ数日再読している。 そして今「失敗の本質」のブームが来ている事を知った。 知らぬ間にブームを構成していた。 
http://agora-web.jp/archives/1451721.html

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

最初に読んだときは若手社員の頃で、自分の会社がまずく運営されていく様に「日本はこうやって戦争に負けたんじゃねーの?」とくさりかけていた時期だったので、読んでみてその当時の自分が共感できる部分、言い換えれば若手社員がカチンとき易い上層部の態度と日本軍首脳の共通点を発見して「ほらほら、やっぱり」と溜飲を下げたものだが、数年たって多少のマチュアさが身についてきた今読むともう少し掘り下げて、いわば科学的な失敗分析のテキストとして理解できる気がする。

特にこの本の事例研究でリフレインされる「決定のための意志疎通の失敗」について思うところがあったので書き出してみる。
少し飛躍を許してもらえば311以降の正義の行く末についてもつながる部分があるのではと思う。


ではまず、同書の事例研究の中でもっとも「漫画的」であるインパール作戦をとっかかりにする。
インパール作戦は補給が考慮されなかった為に失敗した事で有名だが、日本軍は当時の日本の中でも最も科学的な組織だったので、補給について一切誰も考慮しなかったのかというとそんなことはなかった
むしろ上から下まで立案段階で「この作戦は兵站の面で無理がある」とわかっていた軍人の方が多かった。

じゃあなんで、決行されたのよ。となるが、
一言でいえばある個人の?正義″を止められなかったから、と僕は考える。

牟田口中将

インパール作戦のエンジンであった陸軍軍人牟田口将軍は典型的な「オラオラ上司」で部下を面罵し都合の悪い情報には耳を貸さず、戦後になっても自分の弁護に執着するようなタイプであった。彼は盧溝橋事件に連隊長として関与しており、自分が日中戦争の引き金を直接的に引いたと自責していたらしい。

インパール作戦を牟田口が立案した思惑は、くだけて言えば「一発逆転ホームラン狙い」と言える。
たしかに成功すれば戦況をオセロのように裏返せる作戦ではあったらしい。
そしてなにより攻勢によって全てを打開する、というじつに勇敢な軍人らしい作戦であった。
そういう意味ではインパール作戦は「善い」作戦だったと言える。

牟田口に反対する参謀たちは兵棋演習をつかってこの作戦が科学的に無理であることを示したが、牟田口の上司は「彼の心情を汲んでやってくれ」という主旨の事を言って彼を支えて最終的にはこの作戦は決裁を得た。
科学は「善」に勝つことが出来ない。

僕は大本営にも現場方面軍にも悪人はいなかったと考える。誰だって日本のために勝ちたかったし、なにか個人的な私腹のためにインパール作戦を立案したりまた逆に反対したりした軍人は一人とていなかっただろう。一人残らず格好の良い勇敢な軍人であり、その事に誇りがあったはず。

勇敢な軍人同士の議論で
「この作戦はあぶないからやめよう」
と言えるものだろうか。もちろん近代戦の軍人は当然それを言うべきだろうが
自分が牟田口だったら「臆病ものども」「必勝の信念」などの修辞を使って冷静で科学的な議論を封じ込める。
そういう軍人の矜持の部分に訴えるやり方でもってくる会議の参加者に対して、冷静な参謀たちはどんな科学でこれに対抗すればよかったのだろう。
議論のフレームワークが違うのだから説得できるはずがない。
そして無謀で勇敢な軍人らしい提案を拒否したら、「臆病もの」という批判を招き入れてしまう。

もう一つの側面として、インパール作戦が決裁された時期は太平洋戦争の戦況が悪くなっていく時期であって、議論している時間も惜しいくらい切羽詰まったモーメントが支配していたため、わかりやすく扱いやすい提案は相当魅力的だったのではないかと想像できる。

正義は単純でわかりやすい。そして何よりそれが故に扱いやすい。ある意味、扱いやすいものは正義だ。
緻密な証明を積み上げて結論として正義であると証明できる論は正義ではない。少なくとも正義として多数から信任される事はない。
登場人物は少なくとも、「悪人」そして「それと戦う我ら」これだけで正義は成立する。さらに「正義が守るべきなにか」まであればいう事はない。
登場人物が少ないという事はモデルは抽象化されていて理解は得やすい。
ディテールは薄いが故に覚えやすいから、人の発話の中で反復しやすくて自然と身体に浸み込んでくる。


変数が多すぎて、何が正しいかわからないとき、
「正義だから正しい」と提示されたらこれに抗える人は多いだろうか

ここで結論を引き寄せて言えば、
日本軍は悪人たちだらけだったから敗戦したのではなくて、
むしろ善人すぎて負けたのではないか、と纏めてもよいと僕は思っている。


・戦況を一発で打開するための勇敢な正義の作戦を立案した将軍
・部下の心情を汲みとる善き上司
・現場の声を重んじる大本営
こういう善き人たちがそろっている中でどうやって冷静な判断があり得ようか。
だから、ある馬力のある個人の正義が突出して、それ故に科学を置き去りにして悲惨に到達した。

話は飛躍し、国家としての意思決定のレベルについて触れてみる。


「失敗の本質」では日本首脳のグランドデザインの欠如をしばしば問題にする。
例えば、開戦直前の1941年11月15日「対米英蘭戦争週末促進に関する腹案」
によれば、戦争終結の論理は次だ。

「すみやかに極東における米英蘭の根拠を覆滅して自存自衛を確立するとともに、
さらに積極的措置により蒋政権の屈服を促進し、独伊と提携してまず英の屈服
をはかり、米の継続意志を喪失せしむるに勉む」

すぐれて総花的であるが、それ故にまごうことなき正義の文章だ。
たしかにABCD包囲網ハル・ノートのような「悪」が取り巻く状況にあって、このような勇ましい正義が立ち上るのも無理はない。
さらに、この文書が起草された時期を思うと、
大陸志向の陸軍と、米国を仮想的とする海軍とがあって、強硬派の若手があって、出先機関関東軍は制御が効かぬ、
なんて情勢をくくって一つのグランドストラテジーにまとめ上げるには「これしかなかった」とも思う。
最大公倍数的に全員の正義を集約すると、グラントストラテジーを振り捨ててこういった正義の志向へとたどり着く。

ドイツは独裁者のせいで敗戦国になったが、日本が敗戦国になったのは「独裁者がいなかったため」とする方が正解に近い気がする。 陸海上下の議論を誰もまとめきれず総花的な結論しかだせなくなって要所要所で失敗したと言える。

戦時の日本に独裁者はいなかった、代わりにたくさんの正義の人たちがいた。
正義が故に、意思決定が徹底されず。各人の扱いやすい/理解しやすい論理が横行し、様々な錯誤を引き起こした。


話を現代に持ってきて、
原発は危険かそうでないか。の話の中でここでもまた正義の罠がある気がすると言いたい。
「子供を守るために」という言説はとても正義だ。自分も人の親だからこの組立はよくわかっている。
原発は事故を起こすから廃絶すべき」これも実にわかりやすい
でも
このわかりやすさのなかに科学の視点はないのではないかと懸念する。
原発よりもよっぽど人を殺す道具である車は野放しにされるのに、原発だけは悪とされて科学的な議論は成り立たない。
これは前述のお話と相当程度同じなんじゃないかと、こう見えるのです。

以上にて