企業のエコ

どんな時代にも正論があって、一見、論とすら気付かないくらい正しい論を疑わなくちゃいけない。
という姿勢を維持するのって実は結構大変なのだが
そのなかでも、特に昔からずっとモヤモヤしてた事を言わせて貰う。

ベンチャー

これが日本には足りないと言われている。
もしくは

ベンチャー精神

が足りないといわれている。

この結論への着陸が見えている話は飲み屋とかで場モチがいい。
見ず知らずの他人同士でも大体上記の点についてコンセンサスが取れていて
「大企業 and or 旧い会社にも良さがある」
という話で反論の構えを見せる人も
「俺には出来ないけど、でも日本にはベンチャーが足りないよ」
と自嘲的にまとめて、かえって一目置かれたがる。
結果、話はがんばれニッポン的に流れ夜はふけていく


ベンチャー
足りない

って事は何かと比較して足りないって事だ。
なるほど
グーグルもアップルもマイクロソフトもオラクルもシスコもフェデックスフェースブック
全部日本の会社ではない。
だからアメリカと比較して足りないのだ。
そうか
他の国はどうだろう。
ここで「えっと」となる。上の例は全部すらすら出てくる。
ヴァージン(英国)
は確かにそうだ。
ノキアは違うぞ、19世紀からある会社だ。
サムスンも違うと言っていい、戦前だ。
フィリップスも古い。
いわゆる飲みの席で語られるベンチャーではないよ

かたや日本では戦後の創業で急速に伸びた世界企業として
京セラ、ソニーユニクロ東洋水産
といくらでも挙げられる。 (東洋水産を描いた高杉良の『燃ゆるとき』は優れた創業小説)

いや今時の若者はベンチャー志向が弱い

じゃあ、アメリカに論をFixして見てみましょうか。アメリカの大卒はどんな会社を志すか
ちょっと前なら投資銀行、大手コンサル、
今だと上から順にグーグル、ディズニー、アップル、
以下リンク参照
http://d.hatena.ne.jp/Mac510/20090606/
投資銀行や大手コンサルは元より
現在のグーグルやアップルに就職したがる学生をベンチャー志向が強いと言えるのか。
言えないよ。
つまりアメリカの大卒もおおよそ日本のそれと「第一就職先」のメンタリティはそんなに変わらない。

いちおう曲がりなりにもベンチャー投資をやった人間の経験で言わせて貰えば
学生が起業した企業への投資は極めてリスキーだ。
投資家目線で言えば避けて通りたい。
事実、伸びるベンチャーというのは業界でそれなりの経験をつんできた人たちを経営陣に据えている。
(仕事に関るのでここでは触れられないが
 「Yes I Am ベンチャー 偉いでしょ」という姿勢で
 廉価版のスティーブジョブスのように振舞っている若い経営者のベンチャーは凄く危ない
 単に儲からないだけじゃなく、倒産した方がマシな事態になってる例をいくつも知ってる)


ここまでだらだらと列挙して
なにが言いたいかというと、
なんかみんなイメージでベンチャーを語ってないか
という事だ。

つまり日本(の若者)は勇気がないチキンで
アメリカ人は命知らずのタフガイなので
日本にはベンチャーが無くて、アメリカにはあるのだ。

おおかたこんなイメージで語ってないか。
なにやら、一時の欧米コンプレックスの芯だけが置き火のようにくすぶっているようにすらみえる。


上で見たように事実は全くもって正反対。
僕からみたら、日本にアップルがない事を指摘するといい気分になれるのでみんな言ってるだけだ。

まあこれは日本人だけに限った特徴じゃない。
自分の国の「国民性(笑)」をくさしていい気分になるのは世界中の飲み屋で見られる光景だ。

ここで僕の中のオッサンが言う
「まあ待てよ。
しかし日本の若者は終身雇用を志望していてアメリカの若者は転職でステップアップを目指すじゃないか。」
まさにおっしゃるとおりです。僕も
アメリカの大卒もおおよそ日本のそれと「第一就職先」のメンタリティはそんなに変わらない。
とちゃんと書きました。

ではここで質問。
日本で定年まで同じ会社に「い続けられる人は何割いるんでしょうか」
かなり統計の取りにくい設問だけど
2009年の報告をざっと読んだところでは終身雇用と呼べる実態を甘受できるのは1割を切っている。
http://www.nira.or.jp/pdf/0901areport.pdf

これを読んでいる方は、
ご自分も含めて周囲の人が「定年まで同じ会社に奉公を続けた(続けるだろうか)」を考えてください。
結構少ないんじゃないでしょうか。

こう書くと書き手はどうなんだという話になるので念のため書くけど
僕自身は19世紀から続く社員数千人の企業に勤めている。
上を見れば殆どの諸先輩が新卒からずっとこの会社にいる。
だから客観的に見れば僕自身は終身雇用を甘受できる立場にいる方だろう、と正直に書く。
ただし数十年後にわたってそうか、と言えば私的実感として全く持って楽観してない。それは次の論につながります。

この段で言いたいのは
まず
終身雇用は事実として幻想なのであって
なんでそれが未だに言われ続けているのか逆に不思議な位だ。という事だ。

(余談ながら
大手マスコミの殆どは大手だけあって当然終身雇用を維持してて、トップ層は特にそうだ。
逆説的だけど報道の現場のメインストリームにいればいるほど社会の実態と離れている。)


じゃあ何故学生が終身雇用を志望するのか?
答えは簡単で、終身雇用を提供する会社があるからだ。
順序から考えてみれば、
終身雇用を希望する学生のために、企業が終身雇用を提供する
っていうのは変だ。
こういう議論は始まりを想像するのが難しいのだけど、
終身雇用にしないと学生が集まらないから終身雇用にしてる
って会社は聞いたことない。

実に単純、
終身雇用の会社があるから、それを希望するのだ。
当たり前だ。終身雇用を希望する学生に何も非は無い。極めて合理的な判断で経済学的に見ても正しい。
「終身雇用!? ケッ」という行き方もあるにはあるだろうが、
学生が
今、この、就職活動を行う、この体をどう動かすか
という問題に臨むとき
出来る限り リスクを下げて、リターンを増やそうとする。
この基本的な姿勢も持てない人間がビジネスで通用するとは到底思えない。

入れるか入れないかはともかくとして、
なるべく危なく無さそうな会社を目指す。これはこれで全く批判される筋合いの精神ではない。
おそらくアメリカの学生に
「昇給が約束された終身雇用」を希望しますか
と聞いたら半数以上がYesと答えるのでは?
もちろん「話がうますぎる」と聞き返されるだろうが。

全学生がハイリスク志向になったら日本は終わりだ。
僕はなにか間違ったことをいっているだろうか。

★日本の若者にベンチャー志向が無いのは全く健全な事だ。
  むしろ不健全なのは「終身雇用」を維持しようとする雇う側の方だ

終身雇用は、極論すればやりたくてやってるわけじゃない。
日本は解雇の規制が極めて厳しく
よっぽど会社が傾かない限り、そう簡単に首にはならないのだ。
だから、会社が拡大し続け、存続し続けるかぎり、首にはならない。

話は飛びますが、これを読まれている方は最近かさぶたが出来たことありますでしょうか。
ものすごく簡単に言えば、かさぶたは死んだ細胞です。だからはがれて落ちます。
けど僕自身はまだ生きています。

上記は、みえみえの具体化で恐縮だけど、
つまりそういうことだ。
体がまったく健康でも、役割を終えた細胞は排出しなくてはいけない。
けど、日本の会社は、会社がある限りそれが簡単に出来ない。

そう、会社がある限り。ここが病巣だと僕は睨んでいる。

さて
僕はここでやばい事を言おうとしている。

上記の日本の解雇規制の厳しさが最近また取りざたされているけど、
問題はもう一個上のレイヤーにもあって
それは非効率で役割を終えた会社が存続しているという事だ。

設問のバーを上げて
会社を社会に雇われている社員と見た場合の
「会社の社会からの解雇規制」
の問題と言える。

実は死んでいるのに、まだ動き回っている
そんなゾンビ会社がたしかにある。


例を大小二つあげる
郵便貯金の限度額を他の銀行の倍にしてゆうちょ銀行の経営を強化する案が
今年前半、大きく問題になった。最近報道されなくなったけど
まだ参議院に吊るされてるので、政局が落ち着いたら再燃する。
なんでこれをするのかというと、おおざっぱに言えば地方の郵便局の赤字を補填するためらしい。
僕はこれを
「グーグルが社内にたくさんあるタイプライターのリース料が馬鹿にならないので検索を有料にします。」
と言うようなもんだと思っている。 ま極論だけどさ。
たしかにタイプライターにもいい面はたくさんあるが、
まずは
・そのタイプライターは減らせないのか
・減らしても困らないような仕組みはできないのか
そこを検討しつくすべきだろう。
そんなに「潰せない郵便局だらけ」なのか!?日本は

やっかいなのは、
じゃあ郵政ごと潰れろ。とはいえない点だ。いわば人質にとられている。
しかも限度額の引き上げは妙案で、実を言えばアンフェアだが傷つく人が結果的には少ない。

小の例、
ジャスコがドスンと地方都市に進出してきて
商店街が客を失いシャッター通りになってしまった。
というわけでジャスコの出店を規制するように行政が動きます。
こんな動きがマジである。

これを批判すると
商店街の金物屋をけなげに開いてきたおばあちゃんに首をくくれと言うのか!?
と反論されるかもしれない。だれもそんなこと言ってないのに、そういう想像がつく。
それってとっても残念だ。
商店街を閉めて、店主たちにも、もっといい生き方をしてもらうそういう検討が入る余地すらない。

このまま延々いけるがこの辺にしておく。
要は、日本の正論環境が企業の健全な栄枯盛衰、というか新陳代謝を疎外している。
終身雇用を期待させてしまい、そしてゾンビ終身雇用を実現してしまう
いらない会社、いらないビジネスを掃除しない限り
いつまでたっても、日本にグーグルは生まれない。

非効率な会社がのさばれるアンフェアな市場で
若いベンチャーが立ち向かっていくのは相当に勇気がいる。
規模の経済にイノベーションが打ち勝つだけでも簡単じゃないのに、
元から居た会社が優遇されるとあればもっと大変だ。

っていうか僕もベンチャー投資する側なんで
「君の気持ちはわかるが、今はその市場はやめておけ」とそのベンチャーにはアドバイスする。
だからベンチャーには資金が集まらなくなって起業しづらくなる。

つまり、冒頭の議論をここで巻き取れば
ベンチャー精神の有る無しとか、そういう次元の話じゃない。きわめて経済性の問題なんだ。
多分「タフガイ」アメリカ人を日本につれてきて、
「ささ、お得意のベンチャー精神で、ひとつ起業などを、こうチョチョッとおねがいしやす」
と言った所で「無理」で帰ってしまうだろう。

ここで、視点を変える。もう極めてシンプルに、ここだけ読んでもOKな位に。
日本の人口は増えない。
けどベンチャーを増やす。
ということはどっかが減らさなくちゃいけないという事だ。
減るべきは役割を終えた会社と、その会社で終わったはずの仕事をさせられる従業員だ。

つまり結論、
ベンチャーを増やしたいなら、非効率な会社を潰す方が先決だ。

これは、リクルートスーツの若者が、シルバーシートの老人に向かって
「立って、降りてください。僕が座りたいんです」
と言うようなもんだ。 こうやって書くとさすがに戦慄する。

しかし、
やらねばならぬ。
なぜならば、それが生態系というもので、これこそがエコロジーなのだ。
というか
やるべきかどうかの議論くらいさせてもらえませんか。