荒野と砦

息子の成長には目を見張るが、育つにつれ欲求も増えて駄々をこねる事も多い。
些細な事ですぐにぐずる彼を見ていると
人間の本質は「泣き叫ぶ命」なんだなぁといつも思う。

大体、自然界でこんなに子育てにリスクが伴う種も珍しい。
乳児時代にちょっとしたことでこんなに騒ぐ種がよく他の肉食獣に襲われる事無く
今日まで生きながらえてきたのが信じられない。
他の動物の幼児ってのはもう少し、いやかなり、気配が少ない。

最近はよくなったが、保育園に朝届ける時のぐずりが凄い。
自分が置いていかれる
それを察知した瞬間火のついたように泣きわめく。
後でまた遊ぼうね。
って言って背を向けて仕事に向かうのだが、伝わるはずも無い。

人間に試練を与える神もこんな気分なんだろうか、と考えながら僕は通勤する。
それは君には必要な事なんだけど、それが必要である事を君に伝える術は無い。みたいな。

古代の幼児もこんなにぐずったのだろうか。

諸説あるらしいが
僕は、現人類はアフリカの森ではなく「荒野」で生まれた、という説を支持している。
なぜか、
それは人間の社会的な振る舞いが、
資源の充実した森ではなく、枯渇した荒野に適したそれであると観察しているからだ。

つまり、
資源の充実した現代の文明圏にあってなお、
僕らは荒野の未知の恐怖から身を守るために、『砦』をつくる傾向がある。
と僕は見ている。

別にサラリーマンが駅で拾った雑誌の束で城をつくってるとかそういう話じゃない。

自分の行動や評価が、常に暗黙に承認される場に身を置きたがる
そういう癖の事だ。

承認されたいのは当たり前だろう。
そう思いたいのはやまやまだが、そういう物言いが出てくる事自体が一つの砦だ。

承認は生存の必要条件ではない。

ライオンやカバは、
自分たちの狩猟や生殖行動が正しいかどうかなんて気にしているそぶりはない。
PDCAサイクルなんてどこ吹く風であって、成長の過程で多少の試行錯誤はあっても、
『正しい』狩りは、どこまでも主体の所有であって、
その会得にマニュアル本の類や師匠筋なんてものはない。

人間はライオンやカバと違って賢いから、学び方を学ぶ事ができる。
他者から知識を譲りうける優れた性質をもっている。
果たしてそうだろうか。

歴史を紐解くまでもなく
権威が教えるものが常に正しいわけではない、と言う事を僕らは情報として知っている。

ここでいきなり結論に飛ぶ。

正論や価値観の類は、
暴力的な他者の荒野で僕らがけなげに作り上げた、承認を発行する砦でしかない。

上記の前提で、世の言論、評論、口げんかから飲み屋の会話をモデリングすると
かみ合わない議論−正論同士のジャンケンーがどうして生まれるのかが良くわかる。

僕らは実は真理とかどうでもいい。
朝起きてから夜寝るまで、自分がとった行動が間違っていなくて、明日も間違えない。
そんな確信が得られる事を最初の目標として、営々と一日を繰り返す。

わかりやすい例をひく、
「若者はダメだ」という砦に立てこもるオッサンは幸福だ。
年輩であるというだけで、自分の今日は、自分より若い誰かの一日より正しかった。
そう考えながら床につける。

「いい男がいない」砦に立てこもる女性も幸福だ。
自分の努力義務を宙にうかして、ひたすらに目の前の男を引き算していけばいい。

「謙虚の美徳」砦もやっかいだ。
『私はまだまだです』と言い続けていれば、いつか生まれる責任から正当に逃げ回れる。
そうやって逃げ回る事が褒められる事も多い。
日本人のほとんどはこの砦にねぐらを持っている。

けど、砦からでて荒野の脅威にさらされる日は必ずある。
「ダメじゃない若者」
「非の打ち所がない男」
そして、謙虚の美徳を乗り越えて
「私は非力なので君を幸せに出来ない」などと決して口にしてはいけない関係がある。
アルファことkitasanにとっては今日はそれを公的にコミットする日でした。おめでとー

現場は荒野だ。
自分の扱う価値観や常識や知識や前提や仮説、
そんなのが全く働かない場所ばかりでこの宇宙は満たされている。

その宇宙の中にポツリポツリと
「いやそれでも君は正しいよ」
と言ってくれる駆け込み寺、それが人間の作った承認の宮殿、いや砦だ。

砦が維持できなくなった事態を示すいい句が日本語にはある。
「黒船襲来」がそれだ。

寄り添うべき言葉の体系を持たない僕の息子にとって、
毎日の荒野から逃れる承認を与えてくれる砦は殆どが肉体的だ。
食欲の充足であったり身体の抱擁が無限の承認の源泉。

大人になるとそうもいかない。
・インターネット
・デジタル
・新しいもの
アメリカのもの
これらが邪悪であるという承認を与えてくれる砦に住む人はそれを維持するために
せっせとそれを裏付ける証拠を集める事になる。
面白い事に証拠と言うのは、それを期待すれば必ず見つかるという事だ。
荒野は広大なので、僕らは必ずなにかを見つける事ができる。

とりあえずここまで